アラサーノマドのセブ島留学・ロンドン留学ブログ

アラサー男子がセブ島留学・ロンドン留学、ノマドワーカーに関する情報をお届けするブログ

MENU

日本で生まれ育ったから自分は恵まれているとフィリピン留学で思った話。

f:id:abroaders:20170119223045j:plain

「日本で生まれ育ったから自分は恵まれている」と、フィリピン留学で改めて感じた話を書こうと思います。

そもそも筆者は、大多数の他国で生まれ育つよりも、日本で生まれ育った方が恵まれているだろうと考えている人間です。「日本の人口1.2億人 / 世界の人口70億人 ≒ 1.7%」の確率で日本に生まれたことを、幸運だと思っています。

筆者は戦争や内戦中の国に生まれるのも嫌ですし、1日2ドル以下で暮らす発展途上国や経済破綻している国に生まれるのも嫌ですし、国に情報規制されている国に生まれるのも嫌ですし、海外旅行する際にビザ申請で度々引っかかる国に生まれるのも嫌で、正直生まれたくない国がいっぱいあるため、日本に生まれてラッキーだなと考えるタイプです。

日本の負の側面に目を向けた時に陥るかもしれない考え方

f:id:abroaders:20170119224156j:plain

ですが、日本の若い世代には、筆者とは異なる考え方をする人も当然存在します。

日本の負の側面に目を向けてみると、日本は残業の多い働きすぎのストレス社会であったり、仕事ばかりの生活で家族の絆が薄くなってしまっている社会であったり、自殺率が高い国でもあったりします。

筆者と同じぐらいのミレニアル世代の人の中には、東京などの都心では人と人との距離が遠いように感じている人も、一定数いるのかもしれません。

また、周りの人に気を遣いすぎてストレートに行動出来ない、周りの目が気になって自分をさらけ出せない、自分のプライドが邪魔をして自由に生きられない、日本はそんな窮屈な恵まれていない社会だと考える人も、いるのかもしれません。

視点を変えてみると、究極的には日本には特定の宗教が存在しないため、最終的な心の拠り所がない国だと言う人も、いるかもしれません。

精神面だけでなく物質面にも目を向けてみると、日本は幸いなことにインフラや物品に恵まれているが故に、ある意味では過剰消費のサイクルに陥っている国とも言えるかもしれません。

このような負の側面を鑑み、「日本に生まれ育った=恵まれている訳ではない」と考える若い人も、きっといることでしょう。

別に水も電気もない貧困の国に生まれ育っても、健康であり、大切な家族と過ごせれば恵まれている、そんな風に考える人も、いるのかもしれません。

日本で生まれ育つことは恵まれていると考える3つの理由

f:id:abroaders:20170119235611j:plain

確かに日本の負の側面を掘り出せば、キリがないでしょう。

ですが、それでも筆者は、将来的には分かりませんが、現時点で日本で生まれ育つことは、大多数の他国に比べて恵まれていると言わざるを得ないと思うのです。

① 日本には世界トップレベルの安全さとインフラがある

まず、日本が恵まれていると考える理由の一つに、「日本の安全さ」があります。

日本は「戦争中ではない」ということがまず大きなメリットですが、それに加えて、日本は他国に比べて圧倒的に安全です。

戦争がないだけでなく、街中で銃で射殺されることはまず無いですし、犯罪者に襲われる確率も低いです。

街中で大量のドラッグが出回っている訳でもいなければ、終始自分の荷物に気を使っていなければならないなんてこともありません。落し物をしたら警察署に誰かが届けてくれたりする、そんなことすらある安全な国です。

この「日本の安全さ」は目に見えないインフラの一つでもありますが、自分では気づかない間に、自分の人生を守ってくれているモノのように思いますし、筆者にとってはとても大きなメリットです。

海外に行ったことがある人は頷けると思うのですが、海外ではどこの国にも大抵「行ってはいけないエリア」というのが存在します。

フィリピンにも、いわゆる「夜に一人で歩いてはいけないエリア」「銃で人が射殺されたことがあるエリア」「ドラッグが出回るエリア」などが存在していました。

一方、日本はどうでしょうか?

たぶんあまりそのような話は聞いたことが無いのではないでしょうか。加えて、日本の警察もある程度は機能しています。一方、フィリピンの警察は、全然機能していない部分がたくさんあります。

フィリピンも大統領が変わってセブ島の治安は以前よりもよくなりましたが、フィリピン国内では、例え犯罪が起きても、正義が振り翳せない状況が未だに残っています。

例えばフィリピンでは、女性が性犯罪者に襲われたとしても、それを訴えるお金もすべもない人が圧倒的多数で、例え裁判ができたとしても、裁判の証明に早くて20年、通常30年程度もかかってしまうとのことです。つまりは、警察も司法も機能していないのです。

一方、日本はどうでしょうか?

日本には警察だけでなく多くの優秀な弁護士も存在し、完璧とは言わないまでも司法が機能し、適切な法律のインフラも整っています。

まずはこのような「日本の安全さ」、その安全さを維持するために張り巡らされた様々な目には見えないインフラが、発展途上国などと比べて圧倒的に発達しているという点において、筆者は「日本は恵まれているな」と痛感したのでした。

② 他の大多数の国民よりも、日本人には選べる幸せがある

次に、もし仮に「選べること=幸せなこと」と定義するのであれば、日本人は他国に生まれた人と比べて、圧倒的に色んなことを選べるでしょう。

人によっては選べないこともあるかもしれませんが、多くの人には生まれながらに学校や仕事の選択肢が与えられています。ここでいう選択肢は、一つではないということです。

例えば学校にしても、受験時に選べます。受験に落ちてしまう場合はあるかもしれませんが、そもそも学校が一つしかない訳ではありませんので、色々選べます。奨学金という制度もあったりします。

仕事に関しても、正社員でないアルバイトをするにしても、どこでアルバイトをするか?を考えることができます。

そして、そもそも「衣食住」の選択肢もあります。貧富の差はあれど、着る服、食べるもの、住む場所を選べる日本人が大半でしょう。

ここで例えば、住む場所に関して掘り下げてみると、日本のパスポートは世界でトップレベルに便利です。大抵の国にはビザ無しでいけます。

一方、フィリピン人は日本に来るのも大変です。

具体的な住居にしても、日本人は日本のパスポートさえ見せればフィリピンでタワーマンションの契約をすることも簡単にできてしまいますが、フィリピン人だけでなく外国人が日本で住む場所を探すとすると、なかなか見つからずに困ってしまう現状があります。

また、日本人は、自分が日本が合わないと思えばアメリカに行くこともできます。そして、アメリカが合わないと思えばフランス、フランスが合わないと思えばイギリスといったように、国を転々とすることもできます。

そして、最終的には日本に帰ってきても良いのです。

北朝鮮からの脱北者や、自国の経済が破綻していたり自国が戦争中の移民、国に帰ったら徴兵されてしまう留学生などと違って、いつでも日本に帰ろうと思えば帰ることができます。どこの国に行くとしても、片道切符ではないのです。

実際、日本に住んでいる発展途上国出身の外国人に話を聞くと、「もう母国には帰りたくない!」という人もたくさんいます。

長期的には分かりませんが、日本の経済が明日破綻したり、いきなり戦争が勃発することもないでしょう。日本人である時点で、自分が意思決定できる自由の幅が、他国の人に比べて圧倒的に広いんだなと、筆者はフィリピン留学を通じて改めて感じました。

フィリピン人は気軽に日本に留学することはできないけれども、自分(多分自分だけでなく多くの日本人)は、留学しようと思えば簡単にフィリピンに行くことができます。

これは、例え日本が嫌でも、日本人には自分がいる場所を選ぶ自由があるということを示しています。そしてこの自由は、きっと多くの他国の人にはない自由なのでしょう。

③ 発展途上国と比べて、日本には高い経済と教育の水準がある

「お昼ご飯はハンバーガーを食べてきたよ」

「いくらだったの?」

「ん~200ペソぐらいだよ」

「そんなの高すぎて食べられない!

所得格差があるとはいえ、好きなものを食べられないのが、多くのフィリピン人です。大体フィリピン人の英語講師がお昼代に使うお金は30ペソ程度、日本円にすると70円以下です。

それもそのはず、フィリピン人英語講師の月収は、田舎の方では大体1万ペソ(約2.5万円)、セブ島でも2万ペソ(約5万円)もいかないからです。

オンライン英会話に関しても、先生の時給はたったの200円程度です。オンライン英会話の待機時間は時給10円ちょっとだったりもします。そんな中で、自身の給料の半分を親に送金している先生もいました。

フィリピン人には、「YOLO(人生一度きり)」という考え方が根付いているそうです。つまりは、自分が生きている限りで自分のお金は使い切るという発想です。

子供が社会に出たら親の役割は終わりで、あとは子供が親を金銭的に支えるカルチャーです。親から子供へ財産が引き継がれることは、多くの場合ありません。子供に財産を残そうとする日本とは真逆の発想です。

フィリピン人講師には、シングルマザーも多いようでした。僕が授業を受けたフィリピン人講師の先生は23歳だったのですが、すでに8歳の子供がいました。15歳の時の子供と言う計算になりますが、フィリピンでは12歳や13歳でシングルマザーになる事もざらのようです。

筆者はとあるフィリピン人講師に、「なぜフィリピンの人口は急激に伸びているのか?」と聞いたことがあります。講師の回答は「それは教育を受けていない人がたくさんいるから」と回答しました。

最初は言っている意味が分からなかったのですが、田舎のエリアでは、教育を受けていないがために、若くして子供を授かってしまう状況が発生している説明がありました。

これが人口増加や度々生まれてしまうシングルマザーの真の理由なのかちょっと疑問でしたが、何れにせよ、日本ではこのような状況はあまり発生しないと思います。

何故なら、日本では教育やモラルがかなり広範囲に渡って浸透しているからです。日本には読み書きできない人も全然いません。12歳や13歳のシングルマザーもいるのかもしれませんが、稀です。

でも、フィリピンでは割と普通に発生しています。このような日本の経済水準や教育水準の高さ、モラルの浸透さと言う点でも、筆者は日本で良かったと思ってしまいます。

自分が生まれ育った日本という環境をポジティブに捉えて生きる

f:id:abroaders:20170120003317j:plain

筆者はアラサーですが、これぐらいの年代になると、とにかく会社への不満が炸裂している人が多いようには思います。人生の大半を仕事に費やさざるを得ない状況にいるため、「会社=人生」となり、色々なストレスを抱えながらも働いているような感じです。

幸いなことに筆者の周りには所属している会社の愚痴を言う人はいないのですが、「会社に不満はありながらも辞めることができない」というジレンマを抱えている人々は、きっと多いことでしょう。

そんな人の中には、「日本で生まれ育ったことは幸せではない」と考えてしまう人もいるように思います。

ただ、そのような人々が、実際に日本ではない他の発展途上国で生まれ育った場合、今以上の幸せを感じられるのでしょうか?

これ以上は想像の域を出ない空想となってしまいますが、筆者の結論としては、結局ある程度の経済水準がある国であれば、どこで生まれ育っても、どう考えるかは自分次第なように思えてきてしまいます。

人は違う人の人生を生きられません。

最初から水も電気もないところで生まれ育ち、一生外の世界を知らずに生きたら、その生活が「普通」のことになるので、筆者も何の疑問も抱かずにそこで幸せを感じることができるのかもしれません。

でも、日本という国を経験してしまった以上、そのような貧困の国での人生が恵まれているとは全く思えないというのも、残念ながら事実です。

筆者が考えるに、「日本に生まれ育った=恵まれていない」と考える人々の発想は、ベースのインフラに恵まれているからこそ出てくる思想なのだろうと思います。

そして最後に一つ思うのは、日本に生まれ育った日本人である限り、日本で生まれ育ったことをポジティブに捉えた方が、人生は今より楽しくなるということです。

自分が生まれ育った過去は変えられません。

そのことをネガティブに捉えて周りの人にも負の影響を与えるのではなく、恵まれた日本人である自分ができることを考え、日々前向きに生きた方が、世のため人のためにもなるのではないかなと、ふと思った次第でした。

今回はかなり長文を書いてしまいましたが、こちらを一旦フィリピン留学のまとめにしようかと思います。では。